【豊橋市/シティガイド】

豊橋市/シティガイド

ようこそ、100年目の豊橋へ





人 口 383,255人(平成22年3月)
面 積 面積:261.35km²
豊橋の花 つつじ
豊橋の木 くすのき

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豊橋市は愛知県の東南端部にあって、東は静岡県に接し、東京や大阪のほぼまんなかにあたり、南は太平洋に臨んだ歴史の古い都市です。

この地は、およそ10万年も前に人類(牛川人)が住み、市内の瓜郷町にある国指定の史跡、瓜郷遺跡からは多くの狩猟具、農具、生活用具が発掘され、弥生前期から後期にかけての集落があったことが証明されています。
この地方は、古くは「穂国(ほのくに)」と呼ばれていましたが、大化の改新の頃、三河国に統合され、鎌倉時代には豊川(河川名)に“今橋”という橋が築かれたことから「今橋」といわれるようになりました。
永正2年(1505)に地元の豪族、牧野古白によって今橋城が豊川河畔に築かれ、その後天文15年、今橋城は今川義元の手に返し、「吉田」と地名が変えられました。江戸時代は譜代大名の城下町として、また東海道の宿駅として栄えました。

明治2年(1869)に吉田は“豊川(とよがわ:河川名)に架かる橋、豊橋(とよばし)”の名をとって「豊橋(とよはし)」に改名されました。明治22年(1889)には初めて町制がしかれ、さらに明治39年(1906)に周辺の花田、豊岡2村を統合し、市制を施行し豊橋市となりました。この頃より生糸、玉糸の生産が盛んになり、花田方面は製糸工場の煙でつつまれました。また、明治41年(1908)には旧陸軍第15師団が設置され軍都としても知られました。しかしながら太平洋戦争に入り、昭和20年(1945)6月20日の空襲により市街地の大半が焦土と化してしまいました。

戦後は画期的な都市復興区画整理の完成により、街路も広く、随所に緑地帯が設けられ、軍施設跡地には各種の学校が創設されました。昭和30年(1955)3月には隣接する5ケ町村を合併して、現在の面積・約260㎞²、人口・37万6千人あまりを数えるに至り、平成11年(2000)4月、中核市に移行しました。

出典:豊橋小年鑑・豊橋の商工業

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